神戸六甲ろうけつ染め作家の松本みのぶです。
実は、私は大学を卒業してからずっと、いろんなところで古文・漢文の講義をしてきました。
仕事の内容は、各種受験対策講座がほとんどだったのですが、そもそも私、無類の日本の古典文学好きなのです。
なかでも、特に平安時代の文学が好きで、ウチの猫にまで平安時代の歌人の名前をつけてしまうぐらいの古文マニアです(笑)。
ちなみに、ウチの猫の名前は「公任(きんとう)」。
平安時代中期、清少納言やら紫式部と同時代の歌人で「四条の大納言藤原公任」殿からお名前を頂戴いたしました。
ウチの公任殿でございます。
ホンモノの(!)四条大納言公任殿は、
「滝の音は 絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ」
という百人一首の歌でも有名な御仁。
その公任殿の和歌にも取り組んでみました。

花こそ宿の
春来てぞ 人も訪(と)ひける 山里は 花こそ宿の 主(あるじ)なりけれ
拾遺和歌集 1015 藤原公任
【現代語訳】春がやって来て、ようやく人も訪れて来た。山里は、どうも花こそが家の主人だったという事が分ったよ。
草書体の「花」という字のリズミカルな感じと、「の」という字の形の面白さ、桜の花の色、
「自分の山荘を訪れてくれるのはお花見がメインで、自分はついでだったんだね」という、ちょっと寂しい感じ(いじけてる感じ?)を描いてみたかったのですがいかがでしょうか。
そもそも「人物を描きたい!」というのが、私のろうけつ染めのスタートだったのですが、
ピアニストの重松壮一郎さんの即興演奏とのコラボで、ライブろうけつ染めを何度か披露させていただいているうち、
仮名文字の造形の面白さを、ろうけつ染めで表現してみたいなぁと考えるようになりました。
変体仮名が読めて古文に詳しい方なら、見たとたんにピンと来るような、
古文に興味のない方には、形と色の面白さを味わっていただけるような
そんな作品を作ってみたいと思い、
一番最初に作った作品がこちら。

鴫立つ沢の
心なき 身にもあはれは 知られけり しぎ立つ沢の 秋の夕暮れ 西行『山家集』
【現代語訳】ものの情趣を解さないこの(出家した)身にも、しみじみとした情趣は自然と感じられることだ。鴫が飛び立っていく沢(水辺)の秋の夕暮れには。
秋のもの寂しさを詠んだ「三夕(さんせき)の歌」のひとつとして知られる、西行の和歌です。
ほかの2首も紹介しますね。
●さびしさは その色としも なかりけり 槇(まき)立つ山の 秋のゆふぐれ 寂蓮
●見渡せは 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋のゆふぐれ 藤原定家
という、三夕の歌を高校時代に暗記された方、もしくはさせられた方(笑)は、
しぎ(支)た(多)つ(都)さ(沙)わ(王)の(能)
という文言で、秋の物寂しい情景を目に浮かべていただけたら。
変体仮名は読めなくてもいいというスタンスで書いています。
文字の形が美しいでしょ。
今、私たちが使っているひらがなは、元の漢字が一対一の対応でしかないけれど、
(例:あー安 い=以 う=宇 などなど)
昔は、「あ」は「安」だけじゃなく、「阿」とか「愛」とか「悪」とか
そのバリエーションがたくさんあって、その順列組み合わせの妙を、現代の人にももっと味わってもらいたいのです。
「なんだかわからないけど、興味深い形だ」
と感じていただけたら嬉しいなぁ、と思っております。

五月待つ
こちらは、実際の作品よりちょっとオレンジが強く出ていますが(もう少し実際の作品は、黄色寄りです)、
皐月(さつき)待つ 花橘の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする 古今和歌集 詠み人知らず
【現代語訳】 五月がみどころの花橘の香をかぐと、昔の恋人の袖のにおいがすることだ。
これは、『伊勢物語』の中でも紹介されている ものすごく有名な古歌です。
いろんな人が引用したり、オマージュ作品を作ったりしています。(古文の世界では「本歌取り」と言います)
オマージュ作品が多数作られるということは、当時の人にとっては「スタンダード歌謡」みたいなものだったというわけです。
つまり、「五月待つ」という言葉を発したとたん、当時の人はオートマティックに脳が条件反射を起こして、花橘のよい香りがあたかも現実に立ち上っているのを嗅ぐかのような・・・
平安朝のバーチャルリアリティってそんな感じかなって思うんですけど。
そんなわけで、文字の色は花たちばなの白い色。花芯が鮮やかな黄色なので、白い文字に黄色をぼかしました。
それから、「花橘」って当時の女性の装束の裏表のかさね(=合わせ)色目にもあるんですよ。
季節は四月から五月。色は表朽ち葉 裏青。
当時の「青」は現代の「緑」に近いです。
この作品は、女房装束の合わせの色目としても楽しんでいただけたらなと考え、作ったものです。
説明するとなんだか理屈っぽくなってしまうのですが、
和歌って、色とかさわりごごちをものすごく感じられる媒体だと思うんですね。
色と形を、うるさくない程度に、私なりに解釈したものとして、作っていきたいなと思っています。
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